業界の一部では死んだことになってるそうですが


by Count_Basie_Band
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温情?

 いまの20代30代の官僚、銀行員、会社員たちに第二次大戦後の日本経済史を語らせると「バブル経済」から始める人が多い。敗戦からバブル時代に直接跳ぶのである。「バブル経済はなぜ起こる?」と質問すると「金余り」と正しく答える。「じゃ、戦争に負けて大都市が全部廃墟になってもバブルになるほどカネが余っていたの」と突っ込むと黙って顔を見合わせる。「『東洋の奇跡』とまで言われた終戦直後の復興から続く一連の経済成長」を知らないらしいのだ。
「東京オリンピック」(1939年)を挟んで日本が実現した世界最高レベルの交通、通信その他のライフライン、社会のインフラストラクチュアが築き上げられた過程を知らないのだ。1955年から1975年頃までのことなのに。
「東洋の奇跡」は「団塊の世代」が実現したと信じている若者も少なくない。「団塊の世代」とは1945年以降に産まれた世代であるから、彼等が社会人になったのは1965年以降である。「東洋の奇跡」がもはや「奇跡」とは見られず、欧米先進国が模範、手本にし始めた頃だ。ここまで説明すると、じゃ「東洋の奇跡」をやったのは元軍人の世代ですか?とくる。「敗戦前に産まれたが軍役に就く年齢に達していなかった世代」が全人口の4分の1に達しているにもかかわらず、彼等の頭にはこの世代は存在しないようだ。筆者自身この世代なので呆れるしかない。

「敗戦前に産まれたが軍役に就く年齢に達していなかった世代」は大雑把に言うと1930年から1945年8月までに生まれた世代である。兵役世代と団塊世代の間に入るので、ここでは「中間世代」と名付けておく。そしてこの世代の成長過程における団塊の世代との主な違いを思い付くまま列挙してみよう。
1、空襲や艦砲射撃などで実弾の下を逃げ回って生き延びた。筆者自身、下校時に艦載機の機銃掃射に遭い、10センチか20センチの差で助かったが、家は爆弾一発でなくなった。
2、「疎開」を経験し、疎開先で差別や虐めを体験している。
3、父親などの肉親が戦死している。
4、今のサハラ以南アフリカ諸国並みの飢餓や疫病を生き抜いている。
5、昼は電気が使えず、夜は一家に60ワットの電球1個またはラジオ1台分の電力しか配給されないし、子どもたちは廃材や変え枝などの燃料を拾ってくるのに追われていた。
6、人口が少ない上、教育費を賄えない家庭が多かったので高校大学とも、団塊の世代のような受験競争を経験していない。
7、人口が少ないので社会人になってからも他人を押しのけたり蹴落としたりして成功しようという欲望は希薄である。

 最近、団塊世代を「年金逃げ切り世代」あるいは単に「逃げ切り世代」と呼んで、批難、攻撃するのが流行っていることを、遅ればせながら知った。現在の制度下での年金を受け取る最後の世代という意味らしい。団塊より若い世代では年金が破綻し始め、30代から20代の若者たちが高齢化する頃には日本には年金がなくなるという意味らしい。
 いくつかのサイトを覗いてみると、「逃げ切り世代」とは団塊の世代だけを指しているようだ。団塊より年長で、したがって全員が年金受給年齢に達している我々中間世代、そしてご存命の方は少なくなったが「軍人世代」(「復員世代」「動員世代」とも言います)には言及されない。これらの世代は「逃げ切り世代」に入らないのだろうか。
 であれば、「東洋の奇跡」を築き上げた功績を認め、年金の掛金回収ぐらいは大目に見よう、との温情を勝手に期待することにしよう。今の日本の交通、通信、電気、上下水道などのインフラストラクチャーは、現在のこの国の経済力から見れば極めて分不相応なのだから。

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by Count_Basie_Band | 2008-02-10 12:56